『ひとり、家で逝く』発刊

最期を家で迎えると決めた人を見送って――
(2019年9月1日 掲載)


死出の旅路はひとりで辿らねばならないこと、自分の死は自分しか経験できないこと、「ひとり生まれてひとり死す」は、お釈迦様の昔から変わりはない。だが、死ぬ場所と状況はさまざま、ひとりずつ違っている。

『ひとり、家で逝く』は、たまたま私が看取り、見送ることになった独り暮らしの末期がん患者の最期を記したものだ。当時、私は医療現場を取材対象にしており、在宅医療を続けている独居患者の一人としてKさんに出会った。私は主治医の桜井医師から、Kさんはちょっと不思議な人だと聞いていた。

「大きな会社で働いていて、奥さんや娘さんもいた暮らしから、孤独な日雇い人生に落ちてしまった。おまけに、がんにかかり、ストーマをつけての肉体労働はつらかったと思います。さらに再発して、腎臓から尿を直接体外に出す腎ろうも造設することになった。なのに彼は、不平不満や文句、愚痴をいっさい言いません。ケアのスタッフに対しても心遣いが感じられるし、インテリジェンス、ユーモアもある。とても不思議な人です」

私はまさか自分が、医療・介護のスタッフが一人もいない状況で、死にゆく人を見守ることになるとは思いもしなかった。彼は刻一刻と近づく命の終わりを感じながら、自分の生涯を振り返り、思い出すままに語ってくれた。それは「ばちあたりの人生を送ってきた」と言いながら、最期は「ありがたいなぁ、ありがたいなぁと思うばっかし」に至った男の話である。

それから時が経つにつれて、あれはKさんらしい死に方だったと思うようになった。私はいま、彼の臨終の場に居合わせて、身寄りのない彼が息を引き取るのを見届け、見送ることができたことをよかったと思っている。

本書の「まえがき」に書いたことだが、遅かれ早かれ死は誰にもやってくる。たとえ独居であっても、死に場所として家は悪くない。身寄りが一人もいなくても、慣れ親しんだ生活の場で死ぬのは自然なことに思える。むしろ病院で死ぬことは旅先で死ぬこと、いわば客死に近いのではないか。
この思いを、私は昨年新たにした。2018年9月に96歳で亡くなったIさんは、私が住んでいる地区(山と棚田に囲まれた田舎)で農業と椎茸栽培に従事してきた。早くに息子と妻に先立たれ、独り暮らしを続けてきたが、90歳を過ぎたころから衰えが目立つようになった。耳が遠くなり、歩くことができなくなってきた。だが、「施設には入らない、最期までこの家にいる」という本人の意思が固く、民生委員らが施設入居を勧めても、頑として受けいれなかった。その結果、最期は地域で看取るかたちになった。

食料品や生活用品の買い物に行くことが困難になったため、民生委員などが介護の申請とヘルパーさんを頼むことを何度も勧めたが、拒否された。本人はまだまだ独りでやっていけると思っていたのだろう。市の福祉担当者とケアマネジャーが介護認定のために訪問したときも、それを拒み、追い返すような態度だった。

だから、買い物の途中で倒れ、一時入院したことがきっかけとなり、ヘルパーが入って日常生活を支援してもらうようになったことを、私たちは結果的によかったと思っていた。もうそのころには買い物の送迎、ゴミ出しや家の周りの草刈りも民生委員が行っていた。民生委員をはじめ地域の人たちの支援があったので、Iさんは希望どおり自宅で寿命を全うすることができたと思う。

亡くなる前日、容体が急変したため、ケアマネジャー、ヘルパーと民生委員などが救急車を呼んだ。しかし、どうしても救急車に乗ることは拒否された。そこで、自治会長である私にも説得してほしいということで呼ばれたが、筆談を交えて「入院すれば楽になる」と伝えても、頷いてはもらえなかった。

しかたなく、近くの医師に訪問診療をお願いした。「長くてあと十日の命」という診断結果だった。そこで、本人の希望どおり、最期まで自宅で過ごしてもらうように決め、今後の看取りと介護の相談をした。同時に、和歌山に住む親族に急ぎ連絡した。

翌日、妻の姪御2人が到着したときには、残念ながらIさんはすでに亡くなっていた。地域の人間と訪問介護スタッフに見守られての最期だった。

彼は生前、「この歳でひとり自立して暮らしているのは俺ぐらいのもんだろう」と、自慢げに話すことがあった。しかし、それは熱心な民生委員など、地域の人たちの協力があったから可能になったことだ。陸軍中野学校出身の通信兵でシベリア抑留も経験したIさん。頑固な人だった。が、はにかんだような笑顔が素敵な老人だった。

家には丹精をこめた絵や書や切り絵が残された。そして、数十年前に地域開発で田が売れたときに入った4千万円ほどの預金がそのままの通帳も。Iさんに相続人がいないため、これは国庫に納まることになる。

病院死、施設死の光景はどこも似たり寄ったりだが、在宅死は人それぞれ十人十色だ。KさんもIさんも、いまわの際に見守ってくれる家族も、死に目に立ち会う親族もいなかった。身近にいたのは私のような他人だ。だが、その人生も死も、孤独ではあっても不幸ではなかったろう。彼らの死には尊厳があった。

なお、終末期の安らぎと穏やかな在宅死を可能にするのは、医療・介護スタッフのプロの仕事ぶりと、地域の人たちのつながりであることを書き添えておく。

『ひとり、家で逝く』の元原稿は、以前に講談社のノンフィクション・サイト(『g2』)に掲載されたものである。今回は私にとって初の新刊電子書籍であり、これまで紙の拙著で発刊から時間が経って電子書籍化されたものはあるが、紙の本なしというのは初めてだ。Kindle版が意外に読みやすいのに驚いたが、これはCLAPの武田淳平さんが行間をうまく空けて編集してくださったおかげだ。武田さんと講談社の中満和大さんにお礼を申し上げます。
Notes: 折々のメモ
Works: 過去の仕事